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“The Art of Breathing in the World – Art and Respiration,” Kawamura Memorial Museum of Art, Chiba 2005

 

 

 

 

 

Welcome to KURASHIGE's World

 

[Mellow Time] Mitsunori kurashige 2018

 

逃亡〈義務・束縛・逮捕を避けて逃げること〉 湿気を含んだコンクリートの表面は白と黒の配色で奇妙な図形を作り出していた。その背後には大型クレーン車が蛇の頭のように首を動かしている。オートバイはイエローライトの光を発しながら、透明な排気音を空間に響かせ、濡れたアスファルトの表面をスピードを加速しながら眼前から消えていく。風に吹き寄せ集められた広告の紙片、正確には判別の難しいビニール製品、それらは至る所でかすかな色彩を発していた。

赤・青・黄・緑・オレンジ 色彩は確実にブルーグレーの中で発光し欲動していた。これこそファンタジーであり、そして幻影である。イリュージョンでもなければ幻想でもない、むしろ現実である。それは欲望そのものであり、生成し生産する生きものである。

観念のすべては崩れ 思考の安全性と安定性は失われ 時空は無気味で不安定な状態に変貌し 行くべき場所も 時間も失なわれ 全身が痛み 空気はナマリのように重く 肉体は波打つ地上に圧縮され 世界がまるで病気になった日の夢を見ているようだ またしても通行不可能 その場にいる 遠ざかってから 当惑して立ち止まる ニ歩引き返し ふたたび遠ざかっていく 目と耳と皮膚の裏切り 膝はある位置から他の位置の状態へと移動する 腕は力無く下へ伸びて 震えている 体はブルーグレーの色彩に覆われ リビドーは過剰に上昇している ロボットの顔面のように軋む音を出しながら上空を見上げる 顔に目は無かった この欲望のジャングル〈現実〉を渉る以外に道が無い以上 見ること 聞くこと 食べる 笑う 話す タバコを吸う 感じる 生殖する 書く 呼吸する 痛を覚える 出血する 震える 怒る 苦しむ 叫ぶ 眠る 待つそれをやる意外逃れる方法は無い 愛するふりをしても もしかしたら愛する これらすべてのことを たとえ無駄骨であっても行うこと 鋭利な刃物を持ち 脱出不能のジャングルを切り拓いていくことだ 途方もない生物に変身しても また名付けようにも名付けられない怪物に変貌したとしても その体のままに機能し それを刃物として欲動する機械のように混沌とした欲望のジャングルの中を蠢く身体となって切り拓いていくのだ

真青な空 真青な海 真青な風景 服をきたまま海の中へ走り込む 走っても 走っても遠浅の海

水の中を覗く おもしろい 足が揺れ動いている 前へ行ったり 後ろへ行ったり 私は足を真直ぐにしているつもりだけど

笑われないようなものには道としての価値がない。

我々は冗談を理解した瞬間、悟りを体験する。 (老子) 

 

 

 

 

THE WORKS / 倉重光則の作品 Please visit his works / 作品を見る

 

倉重光則 MITSUNORI KURASHIGE

“Setouchi Triennale 2016” Aichi Prefectural University of Fine Arts and Music Setouchi Art Project Teem, megijima, Kagawa

 

水の塔
ブルーグレーの時空に際立って,高く聳えたっている水の塔、その回りを無数に落ちる落下植物、それは逆さまにした人間の姿に似ている。全身の皮膚は肉厚で、のっぺりとした多肉植物のようにも見える。 欲望が上昇している。さらに顔面も上昇する。地上に光と熱を与え、万物を育む発光体と交差する飛行物体は燃えながら、さらに上昇していく。爆音は大気を震わせ、空間に波動の波を刻み付けている。反射する光線は多様な角度を生産しながら、地上を狙って乱舞し発光する。

 

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Kurashige's DATA C.V. 履歴を見る Please visit his.C.V

 

倉重光則 MITSUNORI KURASHIGE

“Mitsunori Kurashige, EBE“gallery HIRAWATA, Fujisawa 2016

 

イメージの崩壊は眼前にある
物質的な物として、安全という意味の名の下に従属してきた物質たち、彼等はもはや正体を隠そうとはしない。ゆっくり、確実な、歩行で姿を現してくる。散乱する事物によって引き起こされる空虚と内実、それは意識と同時的なものとして、欲動しつつ生成している。昼ともなく、夜ともなく、静かなブルーグレーの色彩に覆われた時空の中で事物は事物であることを主張し始めている。

 

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The Books and Article / 本と評論文 Please visit The Book and Article

 

倉重光則 MITSUNORI KURASHIGE LA ART CORE

“4 People Exhibition” LA Artcore Brewery Annex, Los Angels 2014

 

邂逅は言葉に由り、もたらされた。言葉を生きる責務にも似た想いに、互いの生存の位置が確認されたのだった。海の気配が靡くトラックヤードの一角、元は倉庫だったときくアトリエを訪ね、出逢い、聲をかわし、咄嗟に、倉重光則の制作行為、事物を光を摑むその掌が、言葉をこそ生きている、言葉自体の闘争でもあるのだと覚えた。倉重光則は絶えず、自身の言葉を揺るがし、攻撃し、新たな言葉のすがたに手を伸ばす。腕が捥げてもかまわない、そんな気迫が会話のふしぶしに宿っていた。倉重光則の営為にまきこまれ生じる実景は、われわれの言葉に届く。言葉を迫る、そう信じた。もう、三年程が経った。その間、幾度か耳にした、自分を作家だとかアーティストだとはおもっていないという倉重光則の聲に、わたしは心底、共鳴し、同意した。その理由は、生存、その一語に収斂するだろう。生存の位置に。わたしたちは地を、地べたを生きたいのだ。地を破り、地下を埋もれ、地を全身でいだくように、叶うならばいだかれるように、地べたに這い蹲りたいのだ。現在の耐えるべきを耐え、生きるべきを生きるために。だからこそ、生存を全身で賭して、あるべき言葉の具体を求め、要請する。倉重光則の制作する具体と、そこに刻みこまれある行為から、いかに言葉を惹き起こすのか、綴るのか、衝突させるのか、その応答はきっと、倉重光則との邂逅の時に生じた約束なのだ。護りたい。<MITSUNORI KURASHIGE - UNFINISHED MAP-Nagi MOCA>カタログより菊井崇史の評論文の一部

 

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